chapter2 / 第2章 デンマークを支えてきたライ麦という穀物

ロブロが教えてくれたデンマークの豊かな暮らし

Chapter 2 / 第2章
デンマークを支えてきたライ麦という穀物

麦の家を訪ねて

ロブロを理解するためには、その主原料であるライ麦の歴史に遡る必要がある。

今回の研修において、学びの最初の場として訪れたのが、デンマーク北部ヨーイング(Hjørring)にある 麦の家(Kornets Hus)であった。
Chapter 2 / 第2章 デンマークを支えてきたライ麦という穀物 麦の家
「麦の家」は、穀物が人類文明の発展に果たしてきた役割を伝える知識・体験施設である。
単なる展示型の文化施設ではなく、穀物に直接触れ、加工し、実際にパンをつくるワークショップを通して学ぶことができる「体験型文化施設」として設計されている。
麦の家は、バイオダイナミック・オーガニック製粉会社アウリオン(Aurion)を創設した一人で、デンマークでさまざまな古代麦の再栽培を根づけた立役者の発案により、15年の歳月を経て、多くの人々の協働によって開館した。

建物はノルウェーの建築家レイウルフ・ラムスタッドによって設計され、古いパン窯を思わせる曲線と木材・レンガを用いた温かみのある建築は、「穀物こそが文明の礎である」という理念をそのまま形にしたような空間であった。
展示は約1万年前、人類が狩猟採集から穀物栽培へ移行した時代から始まり、穀物が文明を築き、国家を支え、文化を育んできた歴史を丁寧にたどる。

この場所で学んだ最大の気づきは、私たちが普段「パンの材料」として何気なく見ている穀物が、実は人類の歴史そのものだったということだ。
そして、その物語はデンマークのライ麦へとつながっていく。
北ヨーロッパの冷涼な気候や痩せた土地では、小麦を安定して栽培することは容易ではなかった。
一方、ライ麦は寒さや風に強く、厳しい環境でも力強く育つ。
そのため中世以降、ライ麦はデンマークを支える重要な作物となり、人々の日々の食卓を支え続けてきたのだ。
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手作業から機械化へ―――農業が変わった150年

19世紀半ばまで、デンマークの農村では家族総出で農作業が行われていた。収穫は鎌を使った手作業である。一束ずつ刈り取り、乾燥させ、脱穀するという気の遠くなるような作業が続いた。
当時の収穫祭は一年の実りを祝う大切な行事であり、ライ麦は食料であると同時に、地域社会を結びつける存在でもあった。
19世紀の産業革命以降、農村にも機械の導入が始まり、農作業は大幅に効率化され、農村社会に大きな変化をもたらした。
生産効率は大きく向上したが、その一方で、家族総出で畑に立つ風景や共同体としての農村文化は、少しずつ姿を変えていったのである。
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風車が支えた「粉」の文化

かつてデンマークでは、水車に代わって風車が製粉の主役となった。約150年前までは「どの丘にも風車が立っていた」と言われるほど、風車は人々の暮らしに欠かせない存在であったという。
農家は収穫したライ麦を風車へ運んで挽き、石臼でゆっくりと粉に仕上げた。
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しかし20世紀に入ると、アメリカからローラー製粉された廉価で精製された小麦粉が輸入されるようになり、市場を席巻した。
一方で、胚芽や外皮が取り除かれることで、本来穀物が持っていた豊かな栄養や風味は失われていくことになった。
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今回訪問したアウリオン(Aurion)社が、今もなお石臼製粉を守り続けている理由は、まさにこの歴史への問いかけにある。
効率のみを追求するのではなく、「穀物が本来持つ生命力や味わいを未来へつなぐ」という理念を堅固に守り続けているのだ。
ここで最も伝えたいことは、「ライ麦は単なるロブロの材料ではなく、デンマークという国をつくってきた穀物そのものである」ということだ。
そして、その根幹を最初に学んだ場所が「麦の家」であった。

穀物を単なる食材ではなく、人類の歴史や文化の象徴として伝えるこの施設は、「世界の価値ある食材と、その背景にある文化を届ける」という私どもママパンの理念にも深く通じる場所であると強く実感した。

旅行者・手記執筆:杉江正治(ママパン事業責任者)