7月4日、午前5時。
まだ街が静かに眠るコペンハーゲンで目を覚ました。
前夜、日本から約13時間かけて到着したばかりであり、デンマークで過ごした時間はまだ10時間にも満たない。
午前5時45分、ホテルをチェックアウトし、地下鉄でコペンハーゲン中央駅へ向かう。
今回の研修旅行の中でも、この日は最も移動距離が長く、最もハードな一日であった。
それでも疲労より期待の方がはるかに大きかった。
これから向かうのは、ライ麦の産地が広がるデンマーク北部である。
翌日から始まるロブロづくりの実践に向け、その土地の風土を自分の目で確かめたいという思いで胸が高鳴っていた。
コペンハーゲン空港から国内線でオールボーへ飛び、さらにバスで北へ向かうこと1時間余り。
窓の外にはどこまでも続く農地と広い空が広がり、日本とは趣を異にする農村風景が続いていた。
最初に訪れたのは、デンマーク最北端に位置するスカーエン岬 (Grenen) である。
ここは北海とバルト海が出会う場所として知られ、多くの観光客が訪れるデンマーク屈指の景勝地だ。
岬の先端までは、広い砂浜を片道約30分歩かなければならない。
歩き始めると、遮るもののない海から吹きつける風が全身を包み込む。
ときおり浜辺の波が足元を濡らした。穏やかな天気に恵まれたこの日に限っては、厳しさよりも心地よさが勝っていた。
ようやくたどり着いた岬の先端では、右手から押し寄せるバルト海と、左手から寄せる北海の波が目の前で激しくぶつかり合っていた。
海の色も波の表情もわずかに異なり、二つの海が交わる様子には写真では伝えきれない圧倒的な迫力がある。
この雄大な自然を前にすると、人は自然と謙虚な気持ちにならざるを得ない。
デンマークの人々が自然を敬い、自然と共に生きてきた理由の一端を肌で理解できた気がした。
続いて訪れたのは、スカーエン派を代表する画家アンナ・アンカーとミカエル・アンカー夫妻が暮らしたアンカーハウスである。
美しい光が差し込む室内と、丁寧に手入れされた庭園。
芸術家の住まいでありながら、どこか温かな生活の息遣いが感じられる空間であった。
見学後は、庭にあるカフェで昼食をいただいた。
明るい日差しとカラフルな建物に囲まれたテラス席で、本格的なスモーブロをいただく。
この季節ならではの主役は、燻製にしたニシンだ。
香ばしく燻されたニシンにハーブや野菜が彩りを添え、ロブロとの相性は見事の一言に尽きる。
さらに現地では、このスモーブロに合わせてジャガイモを原料としたアルコール度数40%を超える蒸留酒「スナップス (Akvavit/Snaps)」を楽しみ、ビールをチェイサーとして飲むのが伝統的なスタイルなのだという。
「土地には土地の食べ方がある。その土地で味わうからこそ理解できる文化がある」
――まさにそれを実感した。
食後には、初夏に収穫されるルバーブをふんだんに使ったデザートケーキもいただいた。
長距離移動の疲れを完全に忘れさせてくれる、実に贅沢な昼食であった。
午後はスカーエン美術館を見学した。
館内には、かつてこの地で暮らした漁師やその家族、そして厳しい自然と向き合いながら生きる人々の姿が数多く描かれている。
決して裕福な生活ではない。
しかし絵画から伝わってくるのは貧しさではなく、人と人との強い絆、自然への敬意、そして日々の暮らしを慈しむ心であった。
豊かさとは物質の多さだけではないことを、この地に暮らした人々の表情が静かに語りかけているようであった。
夕方、ホテルへ到着。
長い移動と充実した一日を終え、いよいよ明日からは今回の旅の最大の目的であるロブロづくりが始まる。
今日、目にした海、風、光、そして人々の暮らし。そのすべてが、これから学ぶ一枚のロブロにつながっている。
そんな大きな期待を胸に、デンマークでの二日目の夜は静かに更けていった。
旅行者・手記執筆:杉江正治(ママパン事業責任者)